一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎり一万石の大名、下総高岡藩井上家に婿入りすることになった竹腰正紀はまだ十七歳の若者だ。正紀は、高岡藩江戸上屋敷を訪れたおり、堤普請を嘆願する百姓と出会い、二千本の杭を調達する約束を結んでしまう。まだ婿入り前にもかかわらず、高岡藩のために奔走する日々が始まった!待望の新シリーズついに開幕!(「BOOK」データベースより)
『おれは一万石シリーズ』第一弾である長編の痛快時代小説です。
本書の主人公竹腰正紀は、美濃今尾藩三万石前藩主であった竹腰勝起を父に持つ十七歳です。兄竹腰睦群が美濃今尾藩の現藩主であり、父勝起は尾張徳川家八代徳川宗勝の八男という将軍家に近い血筋の家柄です。
この竹腰勝起を始め、主人公の正紀や叔父の正国らの存在、その血筋、知行の藩などすべて歴史的な事実のようです( ウィキペディア: 参照 )。その実在の人物らが架空の物語を紡ぎだしているわけです。
その正紀が、父勝起の弟である正国が婿入りし藩主となっている下総高岡藩へ婿入りすることになりました。妻となるべきは正国の京という名の十九歳になる娘です。
ある日正紀が婿として入る高岡藩上屋敷の叔父正国を訪ねた際に、陳情に来ていた高岡藩小浮村村名主の息子申彦と門前で出会い、堤の補強のための木杭二千本の手配を約束してしまいます。
しかし、高岡藩は勿論、今尾藩にもそのような余裕はなく、当然ですが部屋住の身の上である正紀にはどうしようもありません。
その上いまだ高岡藩に婿入りしてもいない正紀です。途方に暮れてしまうのでした。
主人公は神道無念流の戸賀崎暉芳の門弟で免許皆伝の腕前を持つ、竹腰(井上)正紀という十七歳の若者です。
この正紀が下総高岡藩井上家に婿として入ることになりますが、高岡藩では井上家から婿を選ぶべきだという一派もおり、正紀は全面的に受け入れられたわけではありませんでした。
そうした中、利根川決壊を防ぐために奔走する正紀らの姿が描かれています。
『おれは一万石シリーズ』の項でも書いたように、大名が主人公の痛快小説はあまり読んだことがありませんでした。
主人公が大名だということは、浪人や同心、町人などが主人公の普通の時代小説とは異なり、自分が治めるべき藩の存在があり、何かと制約もあると思われます。
事実、本書には「高岡藩は定府大名」だとありました。つまりは「江戸に定住」することになります。しかし多分物語上は自分の藩へのへの往来が必要になると思われ、どう処理するのか見どころです。
ともあれ、本書の段階ではまだ藩主ではなく、婿にもなっていないため幕府への届け出で移動しています。
他にも、大名である以上は市井に暮らす民とは異なる生活があるでしょうし、事実、本書では徳川家に連なる身分の正紀の日常としての他の大名たちとの付き合いなど、いつもの時代小説とは異なる雰囲気が醸し出されています。
とくに、財政困難な大名の生活も描かれ、その中で突発的な災害に対応しなければならない藩主の立場、という特別な視点での物語が描かれているのは非常に興味を惹かれるところでした。
本書の場合、それが利根川の決壊を防ぐということになります。
二千本の杭を調達するために、正紀はどう動くのか。正紀の周りの者はそれをいかに助けていくのか。正紀の婿入りに反対する者らの妨害工作はどのようなものなのか。
登場人物としては、正紀付きの中小姓である植村仁助がいます。後には正紀について高岡藩へと移籍しますが、大柄で丸太のように太い腕をしていて剛腕ですが、剣はまるで駄目という二十一歳の若者です。
また、戸賀崎道場の仲間で正紀の親友でもある山野辺蔵之助がいます。父を亡くし、北町奉行所高積見廻り与力という役職を継ぐことになる同い年の男です。
高岡から帰る途中で破落戸にからまれ難儀しているところを助けた老夫婦が、後々正紀の手助けをしてくれる塩問屋の桜井屋長兵衛でした。
そして、正紀の妻となる京がいます。正紀を通じて藩の財政についても考慮し始めるという微妙な変化と、女心を解さない正紀と間で、若い二人の歩み寄りの様子なども見どころの一つになっています。
予想外に面白く読んだ小説でした。